妊娠中は腸内細菌叢(腸内フローラ)も変化する!? - 母子の腸内細菌叢①
菌と健康
このシリーズでは、妊娠から出産、そして授乳に至るまでのお母さんと赤ちゃんの腸内細菌叢(腸内フローラ)の変化についてご紹介します。
第1回の今回では、妊娠期における女性の腸内細菌叢の変化と妊娠合併症と腸内細菌叢との関連性について解説しましょう。
妊娠が腸内細菌叢に及ぼす影響
妊娠は女性の体に大きな影響を及ぼすため、その影響は腸内細菌叢にも及ぶことが考えられます。
実際にこれまでに行われた研究では、腸内細菌叢は妊娠が進むにつれて変化することが報告されました。1
妊娠後期では、炎症性疾患と関連するProteobacteria門(プロテオバクテリア門)の細菌が増え、一方で、抗炎症作用を持つ酪酸産性菌(酪酸菌)であるFaecalibacterium属(フィーカリバクテリウム属)の細菌が減少することが明らかになっています。
このような妊娠後期でみられる腸内細菌叢の特徴は、メタボリックシンドロームのマウスモデルで報告された腸内細菌叢と似ています。
メタボの腸内環境に近づくと知ると「妊娠中の体って健康に良くないのかな?」と思われる方もいるかもしれませんね。
しかし、妊娠後期は赤ちゃんへ栄養供給を継続するためにお母さんが高血糖状態を保つ必要があり、また、出産後の授乳準備のために体重の増加をしておく必要性もあります。
赤ちゃんの成長を助けるためには自然なことだと考えることができるでしょう。
ご留意いただきたいのは、ここで説明した腸内細菌叢の変化はあくまでも一つの研究結果を元にしたものであるため、他の研究で観られた妊娠による腸内細菌叢への影響は必ずしも同じではないという点です。2
妊娠と腸内細菌叢との関係性をより深く理解するためには、まだまだ多くの調査が必要とされています。
妊娠合併症と腸内細菌叢の関係
妊娠中には、妊娠に伴って特有の病気がいくつか見られる場合があります。
そのなかでも、妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群といった妊娠合併症は、腸内細菌叢との関連が近年の研究で報告されています。
○妊娠糖尿病
妊娠糖尿病は妊娠期に発生する病気の一つです。
症状は一時的な糖代謝機能の低下や血糖値の上昇など、糖尿病の状態に近いものが挙げられます。
妊娠糖尿病を患う妊婦さんとそうではない妊婦さんの状態を比較した研究では、腸内細菌叢と腸内代謝産物が著しく異なることが示されています。3
腸内細菌叢に関連する短鎖脂肪酸などの代謝産物は、炎症や糖代謝、脂質代謝などに大きな影響を与えることから、妊娠糖尿病の発症には腸内細菌やその代謝産物が重要な役割を果たしている可能性が考えられるでしょう。
具体的に妊娠糖尿病を患う妊婦さんでは、短鎖脂肪酸産生菌であるFaecalibacterium属、Bifidobacterium属(ビフィドバクテリウム属)、Ruminococcus属(ルミノコッカス属)、Roseburia属(ロゼブリア属)、Coprococcus属(コプロコッカス属)、Akkermansia属(アッカーマンシア属)、Phascolarctobacterium属(ファスコラークトバクテリウム属)、Eubacterium属(ユーバクテリウム属)の細菌が少なくなっているとの報告や、腸内細菌の割合の変化と耐糖能(=血糖値が高い状態を正常値まで戻す能力)に関連性があるとの報告もあります。
また、妊娠中期や後期に、酢酸や酪酸、プロピオン酸といった短鎖脂肪酸の血中濃度の低下が示されており、この変化は上記の細菌が少なくなっていることに関連すると考えられます。
血中の短鎖脂肪酸濃度が低い場合は脂肪組織の脂質貯蔵能力が低下して、脂肪分解の促進や血中遊離脂肪酸濃度の上昇につながり、肝臓と筋肉において脂質の貯蔵量が増加します。
短鎖脂肪酸濃度の低下が、免疫系調整のバランス崩壊や、炎症の発生、腸管バリア機能の低下などにつながる可能性もあるでしょう。
このような腸内細菌叢やその代謝産物濃度の異常が、肝臓や骨格筋における脂質貯蔵量の増加による肥満、炎症の亢進、糖代謝系の異常などを引き起こすため、妊娠糖尿病の妊婦さんにインスリン抵抗性や高血糖の状態をもたらす可能性があるのです。
○妊娠高血圧症候群
妊娠高血圧症候群は、妊娠前や妊娠期に原因がよく分からない高血圧の症状が起こることを指します。
高血圧の症状だけでなく、胎児発育不全や常位胎盤早期剥離など、赤ちゃんとお母さんが危険な状態に陥る可能性がある合併症にも注意が必要な状態です。
妊娠高血圧症候群は、妊娠高血圧腎症・妊娠高血圧・加重型妊娠高血圧腎症・高血圧合併妊娠の4種類に分類されます。
妊娠高血圧腎症の妊婦さんを対象とした研究では、そうでない妊婦さんと比較して、酪酸産生菌であるCoprococcus属の細菌の量および血中の酪酸濃度が低いことが報告されており、腸内細菌叢の異常と妊娠高血圧腎症発症のリスクとの関連が指摘されました。4
また別の研究では、健康な妊婦さんと比べて、妊娠高血圧症候群の妊婦さんでは33の腸内細菌の分類群で違いがみられました。
この腸内細菌叢の変化が、妊娠高血圧症候群の妊婦さんの炎症反応を促進する可能性があることも報告されています。5
妊娠期の腸内細菌叢の構成が妊娠高血圧症候群にどのような影響を及ぼすのか、研究報告は多くはありませんが、炎症に関わる細菌の増加や短鎖脂肪酸産生菌の減少といった腸内細菌叢の異常(ディスバイオシス)が発症リスクの増加に影響する可能性があるようです。
まとめ
腸内細菌叢の変化は、妊娠の身体的な状態と密接な関連があることについて説明しました。
これは出産に備えて必要な変化ではありますが、大きなディスバイオシスは妊娠合併症へとつながる可能性もあるのです。
そのため、妊娠中の方は特に、以下のことに気を付けて過ごすことが大切といえるでしょう。
・栄養バランスの良い食事を心がける
・飲酒や喫煙は控える
・定期的に適度な運動を行う
・ストレスを適切に管理する
・良質な睡眠を確保する
・食物繊維や乳酸菌の摂取
赤ちゃんの腸内環境は分娩や授乳を経てお母さんの腸内環境を引き継ぐと考えられています。
とりすぎない程度にお母さんが食物繊維や乳酸菌などを摂取して、腸活に取り組むことも大切です。
また、妊娠中の腸内細菌叢を当社の腸内細菌叢の検査・分析サービス「健腸ナビ」で確認してみて、より健康的な妊娠生活に活かしてみてはいかがでしょうか。
参考文献
1. Koren, O. et al. Cell 150, 470–480 (2012).
2. Yang, H. et al. npj Biofilms Microbiomes 6, 1–12 (2020).
3. Hu, R. et al. Microorganisms 11, 1725 (2023).
4. Altemani, F. et al. Pregnancy Hypertens 23, 211–219 (2021).
5. Wu, J. et al. Curr Microbiol 80, 168 (2023).
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